花房晴美(2)2007年07月23日 11時47分25秒

そうそう、昨日の続きですが、仙台って縁が多くて、坂道も多いところでしたよね・・・。先日は地震の大きいのが新潟にあったし、あの日は東京の私のピアノの部屋も天井が6m近くあって、上の方がユラ~リユラ~リとしたので気味が悪かったのです。人間が自然破壊していることも関係ありそうですよね・・・。

数年前、石田さんとお知り合いになったツェルマットでも37℃で、列車に冷房もなく、氷河は溶け出して・・・という時でしたものネ。

昨年の夏はドバイに行きましたが、お隣の国、アブダビでは、王様がドバイの何倍もお金持ちで緑をたくさん植えて、石油より高いお水をジャンジャン植物にあげて、街はシンガポールのように美しく、それによって気温も2、3度下がったとか・・・。東京都心とは反対に!お金の使い道にはいろいろあるものだ、と感心。

藤原真理(2)2007年07月23日 11時48分29秒

最初の一音でほぼ全てが決まってしまうといっても過言ではない演奏ですが、では、そんなに神経を集中して演奏する曲、その選びかたはどうなのか。

まず第一に音楽的に共感をもてない作品はだめなようです。パラパラと楽譜を見て、よさそうかなと思ったものを入手する。音符をひとつづつ読み、指使いを探していく「譜読み」の段階に進みます。演奏効果がいまいちかなと思われる作品があったとして、音符が自分の指や腕、頭に入ってきて興味が増していくことはありますが、必ずそうなるともいえません。

正直に告白すると、私の運動能力があきらかに適していなくて無理という作品も無数にあるでしょう。最低一年間、他の仕事を入れないで時間を作って練習したいなと思う作品も多々ある。一応演奏できるようになるかならないかは勿論、作品の長さにもよりけりです。オーケストラとの協奏曲で初めてのものだと、最低一年前から開始が必要です。数分の小品で曲想が初めから的確に捉えられていれば数日でも可能です。短い曲でも技巧的に手がこんでいて、それが音楽的に自然に聞こえなければ演奏する意味がないものだとやはり半年、一年の時間が必要なのです。そしてそのあとは、実際の演奏回数がものを言います。練習して、演奏会にかけて、寝かせて、取り出しての繰り返しで音楽が熟してきます。まれに、自分で改善できたと思っていて、実際は悪くなっている場合も起こるので、決して油断はできません。といって弱気でいつづけるのも良い結果をうみません。むずかしいですね。でも、簡単にいかないから逆に、常に熱意を持って取り組めるのかもしれません。

ひと昔前の言葉で言えば、人生の折り返し地点を過ぎた私です。改善された面があるとはいえ学習するが遅いので、長生きしなくてはとても帳尻が合いません。